モノを増やすことから始めてみた結果(1ヶ月)

段々と迫りくる師走。

そして年末といえば、大掃除。ネットにも、掃除に関する記事がチラホラと見られるようになってきた(時間の使い方と整理法は季節を問わず交互に特集されている気もしないでもないが)。

「シンプル」、「捨てる技術」、「『超』整理術」、「断捨離」、「ミニマリスト」などなど、「モノを捨ててスッキリした生活をしよう」という考えはその呼び名を変えて現れる。

私も、部屋をごちゃごちゃにしがちな人間なので、スッキリした生活をしている様をみると憧れの気持ちがグイーンと上がる。ミニマリストと呼ばれる人たちの家の様子たるや、本当に素敵で感動しかない。

なのに、私が未だに本腰を入れて「ミニマリスト」の道を歩んでいないのは、第一に【面倒くさがり】、これは間違いない。そして、【ひねくれた】性格が拍車をかけている。

完成されたミニマリストたちの生活を見ると感動する一方で、そこへ向けて頑張っている人たちのブログなどを見るたびに「・・・必死すぎて怖い」と自分にとっての逃げを作り出すことに必死になってしまうのだ。(それこそ病的に。)

「こうやって性格悪く、家も片付かないままでいるのかな、私」と諦め始めて、踏ん切りがついた。

「『モノを減らしましょう』と言われると抵抗してしまうのなら、いっそ一旦増やしてしまおう

「いる」「いらない」の判断が出来るならそもそも散らかってない

これまでの私の片付け挑戦の歴史を振り返って、その敗因を考えると、片付けの最初のアドバイスが実行できない、という結論に至った。

片付けの極意『モノを減らしましょう』=『要・不要の判断をしましょう』って一番難しい。

今、持っているモノを見つめて「いる?いらない?」って考えるらしいのだけど、そうやって向き合ってしまうと「あー、これであんな失敗したな」「これ面白かったな」「XXちゃんと・・・」と思い出が蘇り踏ん切りがつかなくなる。

「いや、そこに区切りをつけろと、本には書いてあるだろう」という話になるのだろうけど、大抵「本」と「迷い」を数往復して疲れて終わる(というか片付けに飽きる)。

稀にそのステージを突破して、モノを捨てる期に進むも、必要なものまで捨ててしまっていたことに気づき、買い直しに行ったレジの列で「やらなきゃ良かった」と後悔して終了する。

既に持っているモノと私の間には、長短の差こそあれ、何らかの思い出が存在して、「モノを減らそう」と意気込めば意気込むほど、どうしようもない思い出すら輝き出すという厄介な現象が起こってしまうのだ。

私に「モノを減らしましょう」は高度すぎる。

SK-IIを買ったら、基礎化粧品がなくなった

前述のような歴史を繰り返した結果、気が狂って「じゃ、増やす」と投げやりになったは半分事実だけど、残り半分は大真面目。

先月、実家に帰った際に購入したSK-IIの効果に大満足したのは、先月の振り返りに書いたとおり。

非常に満足した結果、「これ使えばいいから、他のはいらない」と思って、これまで効果は感じずとも惰性で使ってきていた基礎化粧品たち(効果がないからいろいろ買っていた)を全部処分した。

この例から、単細胞な私は「『良い!』と思えるモノがやってきたら、今持っているモノで不要なものが分かるのかも」という至極基本的なことをさも大発見したかのように感じたのだ。

こういう経緯で、10月下旬からの1ヶ月間、「出費を減らす」を脇において「好きなものをそばに置く(モノを増やす)」を優先させてみることにした。

この1ヶ月で増えたもの(そして減ったもの)

一体どんなものを増やしてみたか。振り返ってみると、結構多い。

SK-II

高い。否が応でも値段に目が行く。そこを堪えて使い出してみると、くすみが消えてきた。そして、他の基礎化粧品は全部処分。毎日、丁寧に化粧をしてから出勤するようになったのも、使い始めてからの変化。

花・花瓶・花鋏

基本内勤だけど、出張があるときには1週間くらい家をあける生活ということもあって、というかそれを言い訳に、これまで生花や鉢植えなどは置かずに造花などを飾っていた。それをこの1ヶ月、生花に変えた。花瓶はいるし、水揚げするために花鋏だっている。

花を飾るようになって何かモノを減らせたかと言えば、「ノー」だけど、「丁寧に暮らしてみたい」とか「花を飾っていても恥ずかしくない程度にはきれいな部屋にしておきたい」という低いながらも前向きな気持を持つことには貢献しているように思う。私の場合、そういう気持ちを持つこと自体が難しいので、個人的にはこれはなかなか大きい。

洋服

トップス4着、パンツ2本、スカート1着、下着・靴下・タイツ、ルームシューズ(会社用)、マフラー、腹巻き。これら全部、処分したものではなく、購入したもの。

基本的に私は「安物買いの銭失い」的傾向にあるので、これまでよりもちゃんとしたものを購入とはいっても、今回、ハイブランドの服は一着も購入していない。いつもの「金額最優先」から「いつもの予算以上でも着てみたい服」へほんの少しだけ変えただけ。

そうやって「着てみたい服」へ少しシフトしただけで、これまで持っていた服で「気に入らない服」が浮き彫りになり、結果、ずっと踏ん切りがつかずに持ち続けていた服たちを、迷うことなく処分できた。

処分しなかったものに付いても、YouTubeでアイロンの勉強をし直して、丁寧にアイロンがけ。気に入らないかも一歩手前から、見事復活。適当な作業は良くない、と反省。

ドリップバッグ・ミニドリップケトル・タンブラー

コーヒーを飲むようになったのは、ここ5年位のことで、いつも飲むのはラテ。自分じゃ美味しいコーヒーは淹れられない、と数回失敗して諦め、これまでずっとカフェにお世話になってきた。

実家に帰ったときに、お中元か何かでもらったというドリップバッグでコーヒーを淹れてみて、「あ、私でも、これくらいのコーヒーは淹れられるんだ」と発見。即アマゾンで注文。

最初は自宅で飲んでいたのだけど、「タンブラーがあれば、通勤途中で買っている1杯に並ぶ必要なくなるかも」と思い、タンブラーも購入。(というかドリップバッグ多すぎた。)

このタンブラー購入は大正解。

これまでカフェのタンブラーを購入して、それに淹れてもらうということをやっていた時期もあったのだけど、いつも長続きしなかった。その理由は、単純。こぼれるから。

今回も、カフェをまわること数件。タンブラーを手に取る、戻す、を何度も繰り返し、最終的にカフェのタンブラー購入は断念。こぼれた記憶は消せなかった。

私が購入したのは、【Coffee Gator】の「Thermal Pour Over Coffee Brewer Travel Mug」。(Amazonだとずいぶん高い・・・。)

これまでのところ、通勤途中にこぼれたりはしていない。これだけで大満足。

ペーパーフィルタなしでドリップコーヒーを淹れることが出来るようだけど、大量のドリップバッグがなくなるまでは使うことはなさそうだ。

モノは増えただけで減っていないけれど、朝のラテ代が減った。

即効性はまるでなし。だけど抵抗感も今のところなし。

「逆にモノを増やしてみる」生活を1ヶ月してみて、今のところ、私には合っているような気がしている。

スピード重視な世の中の流れは、片付けの本にも反映されていて、「1週間で」「3日で」といった短期間での効果をタイトルに付けた本は多い。そして人気がある。そして、それらの大半は、今持っているモノの要・不要の判断から始まる。(「保留」ボックスを作っているといっても、あくまで一部を保留ボックスへというスタンスで、何かしら要・不要に入れなくてはいけない、と言われているように感じてしまう。)

どうしてみんなには出来て(人気があるってことは、そのアドバイスで成功した人がたくさんいるわけでしょう?)、私には出来ないのだろう、と考えながら、昔読んだ「脳が教える! 1つの習慣」に出てきた、運動嫌いの太っちょさんが、痩せて健康になった話を思い出した。

脳というのは、大きな変化には抵抗を示すものなのだそうだ。だから、太っちょさんには「1日30秒だけ運動してみよう」という脳が抵抗することのないくらい小さな変化を与えることにしたのだ。最終的に、太っちょさんはジムに通うほどに体を動かす習慣ができ、ダイエットにも成功したという話だった(ように思う)。

で、結局何が言いたいのかというと、今持っているモノと向き合うアプローチは、「片付けが苦手」と思っている私の脳には大きな変化として認識されて、抵抗に合ってしまう、ということ。

人によって何が脳に大きな変化と受け取られるかは異なるので、万人受けする方法なんてないだろう。だから、私のとっているこの方法を声高にすすめることは出来ないが、「片付け本を読んでも全く断捨離出来ない」と悩んでいる人がいるなら、「脳の抵抗にあっているだけ。別の方法を模索すればいいだけ」とアドバイスし、その一つのアプローチとして、大胆にもアドバイス真逆から出発してみる方法だってある、と言いたい。

久しぶりに面白い実験が出来て満足。願わくば、ミニマルとまでは言わないまでも、スッキリした部屋で年を越したい。

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